偉人たちの足跡と石の記憶 〜大江町・寒河江市から巡る歴史の旅〜

皆様、こんにちは。大江町の有限会社白田石材です。 いつも当社のコラムをお読みいただき、ありがとうございます。
私事ですが、本日は8月14日、妻の実家の墓参りで、上山市にある「宝泉寺」を訪れました。豊かな自然に囲まれたこのお寺は、山形県を代表する歌人・斎藤茂吉が眠る場所としても広く知られています。茂吉の立派な墓前に立ち、静かに手を合わせていると、偉人が残した功績とその歴史を「石」が現代へと語り継いでいることを強く実感しました。
そこで今回は、石材店の視点から、私どもの地元である大江町や寒河江市をはじめ、山形県内にある歴史的偉人たちが眠る名刹とお寺をご紹介したいと思います。

◆ 左沢城主・酒井直次公の墓(大江町・巨海院) まずは、私たちの地元・大江町にある「巨海院(こかいん)」です。実はこの巨海院、私たち白田家の菩提寺でもあり、日頃から大変お世話になっている縁の深いお寺です。ここには、町指定史跡である左沢城主・酒井直次のお墓があります。左沢藩主として城下町の造成などに尽力した酒井直次のお墓は、「寛永拾癸酉年」の銘が刻まれた立派な五輪塔となっています。五輪塔は、下から「地・水・火・風・空」という宇宙を構成する5つの要素を表すお墓の伝統的な形です。建立から約400年が経った今もなお、当時の年号がしっかりと読み取れる事実に、石に文字を刻むことの「永遠性」を感じずにはいられません。
◆ 寒河江城主・大江宗広公の墓と戊辰戦争の記憶(寒河江市・法泉寺/陽春院) お隣の寒河江市にも、歴史を語る重要なお墓が多く残されています。例えば「法泉寺(ほうせんじ)」には、寒河江城主14代である大江宗広(おおえむねひろ)の墓が開基として残されています。 また、市内本町の「陽春院(ようしゅんいん)」には、寒河江市指定有形文化財となっている「戊辰戦争桑名藩軍戦没者の墓」が建立されています。明治元年、寒河江で新政府軍と激戦を繰り広げた桑名藩軍の戦没者を、陽春院の和尚が懇ろに葬ったことがはじまりとされており、明治初期に建てられた墓石が当時の壮絶な歴史と平和への祈りを今に伝えています。
◆ 直江兼続夫妻(米沢市・春日山林泉寺) 少し足を伸ばして米沢市の「春日山林泉寺」には、名将・直江兼続と妻・お船の方の墓所があります。石材を扱う私たちから見て非常に興味深いのは、兼続のお墓の形です。「家型塔婆」と呼ばれる宝形造りの屋根が載った独特の形状をしており、正面には兼続自身が考案したと伝わる六角形の穴が3つ空けられています。当時の石工の高度な技術が凝縮された見事な造形です。
◆ 石屋としての想い 大江町を拠点とし、宮宿や柳川をはじめ、寒河江市など県内各地の墓地でお仕事をさせていただく中で、古いお墓に出会うことが多々あります。風雪に耐えながら何百年も歴史を伝えている姿には、石屋として常に身の引き締まる思いがします。
現代のお墓づくりでは、昔ながらの石の良さを生かしつつ、強力なボンドやアンカーを用いた地震に強い基礎工事を行ったり、お手入れがしやすいステンレス線香立を採用したりと、見えない部分の技術は確実に進化しています。しかし、「大切な人への想いを文字彫刻として石に刻む」という根本的な役割は、歴史上の偉人たちの時代から何一つ変わっていません。
気候の良い季節には、お墓参りも兼ねて、地元の名刹や偉人たちの墓所を巡ってみてはいかがでしょうか。
お墓の建立や文字彫刻、基礎の修繕など、石に関するご相談がありましたら、いつでも有限会社白田石材へお声がけください。皆様の大切な想いを形にするお手伝いをさせていただきます。
【出典・参考サイト】
- 大江町公式ホームページ「文化財」
- 左沢城主酒井直次の墓、および菩提寺である巨海院に関する由緒などを参考にしました。
- 寒河江市公式サイト「ヒストリーロード詳細」
- 寒河江城主14代大江宗広公の墓がある法泉寺についての記載を参考にしました。
- 寒河江市公式サイト「戊辰戦争の戦場となった寒河江と桑名藩軍兵士」
- 陽春院にある戊辰戦争桑名藩軍戦没者の墓の歴史的背景と和尚の活動について参考にしました。



